その男の夢は、必ずあの第一日目から始まった。
この国の年号で言えば明治23年春、長い船旅を追えて港にたどり着いた時、頭にまだ雪を頂く独特な形の山と小さな家々、貧しい寺社が迎えた。40歳だった。
初めはただ、知られざるこの小国の庶民の暮らしを記事にしてアメリカの本社に送る、それだけのつもりだった。事実この国の小さな人々の不思議な暮らしには、驚かされた。その後、ちょっとした諍いから契約を破棄、生きるために英語教師の職を得て松江に赴いた。
それから十四年。この国で妻を迎え、松江の尋常中学で一年、熊本五高で三年。四人の子供も、この国の姓名も得て、今は帝大で文学の教授にまでなった。大久保に家も持ち、庭に面した静かな書斎でこうして物を書いている。
この国の古い物語の再録「雪おんな」「耳なし芳一」「お貞の話」。そのどれもが不思議に琴線に触れる。幼くして別れた母の面影、闇と地獄の妄想に苦しんだ幼年時代。50を過ぎた今、なぜ記憶がよみがえるのか。
もしかしたら今のこの私自身は、子供の自分が見ている夢なのかもしれない。そしてこの国は、あの住之江の漁師、浦島が訪れた蓬莱のような幻。だとすれば、故郷はすでに失われ、なつかしい人々は皆過去の人となり、ただ見えざる玉手箱がこの手で開けられるのを待っているのだろうか。
蝉の声。
私の魂は、小さな羽虫となって松原の海と太陽の間に広がる青い夢へとさまよい出る。
キャスト
瀬田ひろ美(劇団キンダースペース)/小林もと果(劇団キンダースペース)/古木杏子(劇団キンダースペース)/深町麻子(劇団キンダースペース)/森下高志(劇団キンダースペース)/榊原奈緒子(劇団キンダースペース)/高中愛美(劇団キンダースペース)/淡路絵美(劇団キンダースペース)/林修司(劇団キンダースペース)/花ヶ前浩一(アルファセレクション)/白州本樹(アールジュー)/荒牧大道(うずめ劇場)/吉澤恒多(劇団昴)/加藤祐未(スターダス・21カンパニー)
スタッフ
原作:小泉八雲/構成・脚本・演出・美術:原田一樹(劇団キンダースペース)/音楽:和田啓/照明:篠木一吉(創光房)/振付:西崎由美芭/音響:三枝竜(劇団キンダースペース)/衣裳:鳥居照子/小道具:高津映画装飾株式会社/舞台監督:村信保(劇団キンダースペース)/舞台写真:中川忠満/チラシ絵・題字:山本洋三/チラシデザイン:古木杏子(劇団キンダースペース)/制作:白沢靖子・平野雄一郎・坂上朋彦・大桑茜・中村智也・西川ゆき依・鏡淵だい・齋藤美那子・山田都和子(劇団キンダースペース)/協力:スターダス・21、(株)プロダクション・エース、ささきやよい(サーティーズ)、アルファセレクション、アールジュー、うずめ劇場、劇団昴、キンダースペース賛助会・友の会、 キンダースペースワークユニット2017/提携:シアターX