第2回(1995年)特別賞:松田正隆
海と日傘
作品解説
おそらく長崎の町、近くには川が流れている。洋次の妻・直子はおそらく原爆症だ。子供はいない。おそらくばかりだがこの作品は、寡黙な台詞の的確な配置でふたりの背後にあるいじらしいばかりの愛情関係を定着させてみせる。直子の具合がやにわに悪化し、余命三ヶ月を宣告されるのにシンクロするごとく、洋次の元担当編集者多田が小説原稿を取りにあらわれ、おそらく愛人であったらしい多田の目の前で洋次の手を強く握って放さない直子の心情はたいそう切ない。しかし、「うちのこと、忘れたらいけんよ」と言う直子に対して「……うん……」と応える洋次はどこか怪しく、二年くらいで妻のことは忘れるんじゃないかと思わせるところが「平凡という悪」を感じさせて隅に置けない。(岡野宏文)