第3回(1996年)大賞:内藤裕敬
夏休み
作品解説
舞台は葦簀張りの梅雨明け間近の海の家、が、葦簀が取り払われるやふすまの奥に押し入れのある仮設住宅と変わり、屋根は崩落し柱もひしゃげた喫茶店の店内にも、また盗賊たちの洞窟へとめまぐるしく転換してゆく。梅雨の雨に降り込まれたまま行方知れずになった父親に、傘を届けようと探し続ける少年の物語を乱暴に横断するのは「千一夜物語」に由来する四十人の盗賊たちの体であり、阪神・淡路大震災によって仮設住宅に入ることになった老婆のエピソードである。忘れようもないことは忘れてしまえと海の家の店主や喫茶店のマスターにそそのかされる少年は、存在は忘れることができるが「不在」は決して忘れることなどできようはずがないのか、父を覚えているこの夏が永遠に続くのを願っている。(岡野宏文)