第18回(2011年)佳作:稲田真理
幸福論
作品解説
瀬戸内の海端にある小さな町。夜の防波堤のコンクリートに座る、青年二人の会話が綴られる。タカシは、両親はいるが、一番愛情をかけてくれた祖父を失い、心身不調に陥っている。シゲルの両親は所在不明。育ててくれた祖父母も亡くなり、平屋に一人で住む。二人の目に映るのは魚の死骸。聞こえるのは救急車の音。死と闇の気配に包まれた会話。ある日タカシは、祖父の墓を掘り起こし、一晩墓の中で過ごす。翌朝、力を失ったタカシを背負い、シゲルは山に登り、土の上をのたうち回る。孤独の底から何とかして身体感覚を取り戻そうとする姿は悲劇的だが、乾いたユーモアも漂う。日常的な皮膚感覚から生み出された台詞により、孤独の正体が活写された。(九鬼葉子)