カゴの中

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商品コード: 21032401
カムヰヤッセン『戯曲集1』台本
販売価格(税込): 1,019
2008年3月~2011年3月作品 ※この商品はメール便対象商品です(3点以内)
■商品説明
作:北川大輔

▷『亡命』
「逃げるなら、今のうち」

逃げようと決めたなら
多分 その時逃げるのが一番良い
「今」を逃してしまうと
大概だらだらと
大した得もないのに
その場に留まってしまう
逃げてよかったのか
逃げないがよかったのか
逃げたがよかったのか
逃げなくてよかったのか
そんなこと
時間がたってからでないと分からない
もしかすると
時間がたってからでも分からない


逃げられなくても
どこかで期待している
スーパーマンがいないことなど
とうの昔に知りながら
いつか
スーパーマンがやって来て
手を引いて
連れてってくれることを期待している
そして
あわよくば
自分が誰かのスーパーマンになれやしないかと
密かに夢見たりしている

そんな話。

(上演当時のあらすじより)

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▷『レドモン』
「夢うつつの公園にあつまる人たち」

12時をまわった。
公園ではずっと誰かしらがテコテコ走っている。
タンクトップのおっさんが、ずっと電話している。
ブランコに乗っている。砂を食べている人がいる。
一人通り過ぎるとまた一人、という案配で、テコテコ走っている。

二人の男女が、こっちに向かってくる。
口元には砂がついている。
「今日はあの、大きな光見ないですね」と言う。
月について教える。砂場に、太陽と、地球と、月と、
の位置なんかを書いてみる。いたく感動される

男は後ろでずっと砂を食べている。
「あ、要ります?」と尋ねられたので、丁重に断る。
おもむろに缶コーヒーを取り出して飲んでいる。
トミー・リー・ジョーンズは地球人であることを告げると、
本気でキレられる。馬鹿にしないで、とか言われる。
問答続けていると、後ろでペッペッと音がする。
タバコの吸殻が混じっていたらしい。
マナーがなってない、とため息をついている。

あーめんどくさい奴に絡まれたわー、とか思っていると、
「すいません、じゃあ帰ります」と言う。

12時過ぎの公園は、いい案配にテコテコ
人が通っては過ぎ、通っては過ぎしている。

帰っていく二人の足が、あわせて6本あったのは、秘密にしている。

そんな話。

(上演当時のあらすじより)

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▷『サザンカの見える窓のある部屋』
「そこはどういう部屋なのかを想像してみる」

ビールの缶には煙草の吸殻が詰まっていて、
鼻をかんだ後のちり紙が散乱している。
加湿器とかあってもいい。
隣にはもしかしたらビックリするくらい
背の高いマンションとかがあって
そこは一日中陽が当たらないかもしれない。

縁側の向こうには
もうすっかり背丈の縮んでしまった
サザンカの木が
植わっていることにする。
ぼたぼたと、何房も
地面に落ちてしまっていて、
時間が経ったからか、
ところどころ茶色に変色している。

冬から春になる時、ってのは
いっぱいのものが生まれるそばで、
いっぱいのものがダメになっていく気がします。
今回はそんな話になれば、と思っています。

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▷『やわらかいヒビ』(初演)
「僕たちの日常は、やわらかいヒビのなかにある。」
大きな環状線を跨ぐ高架には、ナトリウムランプが等間隔に立っていて、
灯りの下を過ぎるその一瞬、眼前の景色はすべて橙色に染まる。
今の家の庭は三方を竹林に囲まれているせいで、
行き場を失った風の吹き溜まりになっていて、うかつに窓を開けようものなら、
風は舞い上がった笹の葉を連れ、嬉々として部屋を通り過ぎていく。
雨上がりのアスファルトから立ち上る埃っぽい匂いも、
遠くの線路で列車が枕木を踏んでいく音も、
そんなひとつひとつに、ひどく鈍くなってしまった。

言葉は増え、たくさんの未知はそれなりの既知になった。
それがなんであるかを把握するのは、そんなに難しいことではなくなった。
いや、
それは必要なことだけを上手に処理するようになっただけかもしれない。
処理する必要のないものは、見ないことができるようになったのかもしれない。
価値と方法を考えるための知識ばかりが肥えつづけている。

色がCとYとMとKになったように、
「モノ」は一つ一つ要素に分解されて、名前を付けられて、
見知った要素の集合体としての「モノ」として、溢れるようになった。
気になっている。
処理することのできなかったものは、依然としてそこに存在している。
そして、見ないふりをしている。
そうやって「生きている」、ことにしている。

「生きる」ことを描きます、と宣言することがどうも恥ずかしかったのですが、
まあ恥ずかしがっていてもしょうがないので、
これは一回宣言してみよう、と思ったわけです。

「生きる」ことの価値でも意味でも方法でもなく、
そのものについての物語にしてみようと思います。

(上演当時のあらすじより)
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